今日、ちょっとポエマーみたいになってしまいました。
ふと、「この景色を見られるのは、あと何回だろう」と思う瞬間があったんです。5歳差の兄妹が一緒に浴槽で遊んでいる姿。並んで背中を向け合って寝ていたはずが、いつのまにかくっついて眠っている姿。かわいいな~、と幸せな気持ちで眺めつつ、ふと「あと何回見られるか」と考えました。どちらも、もしかしたらたったの数回かも、今回が最後ということもありえるかもと思うと、当たり前のようであって、実は当たり前じゃないんだなと、急に気づいてしまったんですよね。
もう上の子は4年生、下の子は4歳です。
お風呂で偶然できた、二人だけの時間
上の子は、もう基本的に一人でお風呂に入る年頃です。それでも、たまに、わたしと下の子が入っているタイミングで一緒になることがあります。
先日も、娘が「まだあそぶー」と湯舟で遊んでいたのでわたしが先にあがって着替えをしていたら、上の子が入ってきました。二人は湯舟用のおもちゃで遊んだり、お湯をかけあったりして、キャッキャと楽しそう。
考えてみると、こうして一緒にお風呂に入ること自体、もうすでに月に1〜2回くらいの頻度なんですよね。上の子もそろそろ、本当に一緒には入らなくなる頃かもしれません(今もすでに、ギリギリアウトなのかもしれないです)。
「もう最後かもしれない」を、誰も宣言してくれないし、それは「最後」が過ぎてから知ることになる
上の子が「これで一緒に入るのは最後にする」なんて、宣言することは考えにくい。たぶん、その日は静かに突然やってくる。というか、気づいたときにはもう終わっている、という可能性の方が高いんだと思います。
そう考えたら、「もしかしたら今日が最後かもしれない」「あと数回しかないかもしれない」と思いながら、二人が湯舟でキャッキャしている姿を、目に焼き付けておこうと思いました。
寝相の”大移動”が生み出す、数々のフォーメーション
寝るときも、似たようなことを感じています。
うちは、息子と娘の間にわたしが入って寝るスタイル(いわゆる川の字スタイル)が多いんですが、気づくと、特に娘が大移動していることがよくあるんですよね。
大移動の末、兄の近くでくっついて眠っている日もあれば、大の字で寝る娘の横で、兄が肩身が狭そうに縮こまって眠っている日もあります。逆襲なのか、妹のお腹の上に兄が自分の腕や足をのせて寝ている日もあれば(それでも娘はスヤスヤ眠っていて、呼吸大丈夫か、と焦りながら兄をおろす)反対に、妹が堂々と兄の顔に足をのせている日も(同じく焦っておろす)。本当に、数々のフォーメーションを見てきました。
暗闇でもフラッシュをたいて、写真を撮り続ける。これを見返すときは・・・と考えまた寂しくなる
この、世界一癒される二人の寝顔が並んだ景色も、兄が「一人で寝る」と言い出したら、きっと終わってしまうんだろうなと思います。親ばかですが、マイナスイオンが出ているんじゃないか?と思うくらい癒しです。このまま時が止まってもいいと思うほど。
そう思うと、たとえ部屋が暗闇でも、フラッシュをたいてでも、なんとか写真に残したい。薄明るい朝の光の中でも、ぼやけても、ぶれてもいい。とにかく残しておきたい。そんな気持ちで、静かな寝室の中、わたしは今日も「パシャッ」とスマホで写真を撮り続けています。
まとめ:いつか「この時に戻りたい」と思う日のために
きっといつか、そんなに遠くない未来、この写真を見返すとき、子供たちはもうわたしのそばにはいないと思います。
そのとき、わたしはきっと「この時に戻りたい」「この頃の子供たちにまた会いたい」「寝顔を見たい」「二人の間に挟まれて寝息を聞きながら眠れたらどんなに幸せだろう」と思うんだろうな、と、今からなんとなく想像しています。
だからこそ、今日という日の、一見当たり前に見える何気ない兄妹の景色を、これからも一枚一枚、残していきたいと思います。

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